黄鶴楼を見に行くが・・・

海外観光

武漢の観光地といえば黄鶴楼ですが、中に入れず帰ってきたという話です。

隔離が明けて最初の土曜日は1週間の疲れで動けず、日曜日の朝から観光に出かけます。

地下鉄に乗って黄鶴楼の最寄り駅の首義路駅で降り、歩いて黄鶴楼に向かいます。

駅から徒歩数分で首义广场(首義広場)入り口につきました。

正月らしい飾り付けがされてます。

ここの広場を抜けていけば黄鶴楼に着くはずです。

程なく三角形の建物に行き当たります。

回り込んでみた先が正面で、辛亥革命博物館でした。

辛亥革命は革命軍がここ武漢の武昌と漢陽を武力制圧したところから始まり、翌年には清国は滅亡します。

入り口のテントの通路をみると普段は入場の行列ができるのでしょうかね?
入ってみたいところですが、まずは黄鶴楼へ急ぎます。

広場はとても広くて隅の方では踊る人たちも。
また正月だということもあって凧揚げする人たちも多かったです。

さらに先へ進むと辛亥革命の像がありました。
なかなか迫力のある像でしたよ。

反対側からも。

武珞路の下をくぐり先へ進むと辛亥革命武昌起義記念館に行き当たります。
上の写真の像は孫中山先生(孫文)の像です。

この建物の中に入ってみたくなったのですが、ここで問題が発生。
中国の電話番号が無いとスマホアプリ”通行工程卡”の登録ができないのです。
今の中国はこれが登録できないと行動が制限されるのです。

”鄂汇办”は中国の友人の番号を借りて登録したので、これさえあれば通れるかと思っていたのですが”通行工程卡”が必要とは。。。

気を取り直して黄鶴楼へ向かいます。
黄鶴楼东路をくぐり抜けた先が入り口なのですが・・・。

ここでも”通行工程卡”のチェックがありました。
中へ入ることはできないようです。

こんなことで友人の手を煩わすのも嫌なので諦めて帰ることにします(泣)

入り口から少しだけ見える黄鶴楼。

黄鶴楼は三国志の時代、呉の孫権によって物見櫓として建築されます。
その後何度か焼失と再建を繰り返しました。
今の黄鶴楼は1985年に再建されたもので、清の時代1868年に再建されその後消失したものを参考して作られているそうです。

残念すぎて何度も振り返りながら来た道を戻ります。

帰りの地下鉄は復興路駅から乗車します。
ここまで1時間半の散歩になりました。

夜は白酒を飲み、酔いと共に腹立たしさが湧き上がります(笑)
また機会があると思うので、その時は中国の電話番号を用意していこう。

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