蛙が鼻築堤跡・・・秀吉の水攻め

蛙が鼻築堤跡・・・秀吉の水攻め

相変わらずマイナーな観光地ばかりですいません。
秀吉が高松城攻めの際に、堤防を築いて城の周りを水没させたのですが、今回はその堤防です。

備中高松城を攻めた秀吉は、高松城が沼地にあり攻撃しても被害が大きくなりそうな為、堤防を築いて足守川の水を引き込み、水攻めにしました。

その時の堤防なんて残ってないだろうと思ったら、残っているんですねぇ。

ここから現在の足守駅の近くまで築かれ、高さは7~8mもあったそうです。
今は公園として整備されています。

昔と違い、周囲が埋まってしまったので堤防が低く感じますが、上右の写真にある高さ表示板は7mを示しています。
公園内には堤防の俵の跡や俵に混ざっていた骨などを見ることができます。

この水攻めをしていた秀吉のもとに、本能寺で織田信長が討たれたという知らせが届きます。
秀吉は高松城の城主である清水宗治の切腹と、備中・美作・伯耆の三国割地を条件に和議を結び、明智光秀を討つべくこの地を去り、約1週間後には山崎の戦いとなります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です